鎮守の杜

神社を遠景から見ると、こんもりとした森があり、その一端に鳥居があります。鳥居から森林の内部に向けて参道があり、その行き当たりに境内や本殿があり、その背後には森林の中央部が位置するようになっていて、森の深い方に向かって拝礼をする形になっています。
神社は、もともとは常世(とこよ)と現世(うつしよ)の端境と考えられた神籬(ひもろぎ)や磐座(いわくら)のある場所に建立されたものがほとんどで、境内に神体としての神木や霊石なども見ることができます。
このページでは、神道講演全国研修大会で有名な故佐古幸嬰先生の社頭講話集「庭のおしえ」の、ごく一部をご紹介します。


■待ちつ待たれて
「まつり」ということは「まつろう」という意味でございます。その中には、「待つ」という意味もこもっておりましょう。氏神様は、ものを言われません。お姿も見えません。けれども、一年三百六十五日、小高いところから、昼となく夜となく、私たちのふるさとをお守りでございます。どれだけ今日のお祭りを、待ちこがれておられますことか。
秋のみのりをご心配されて、わたしたちの幸福をひたすらにお祈りでございます。にぎにぎしくお祭りをすれば、心からおよろこび。氏子の私たちは、氏神様の「みたまのふゆ」をわが身にうけて、いよいよ幸福になるのでございます。
氏神様ばかりではありません。一番待っていたのは、他家へお嫁入りした娘さん、婿入りした息子さん。指折り数えて、今日のお祭りを待っておられます。日ごろはどんなに実家に里帰りしたくても、舅・姑様に気がねで、気安く帰るわけにはまいりません。「しんぼうしなさい。あと何日すれば、坂の上の河内神社の秋祭りじゃ。子供をつれて帰らせてやるから。」お姑様のやさしいお言葉。「そうだ。あと何日でふるさとのお祭り。帰ったならば、お母さんにあれも話そう。これも語ろう。誕生すぎたわが子もだいてもらおう。」なつかしいふるさとに帰る日を待ちこがれて、骨身をおしまず働くのです。
 同時に、実家のご両親も待ちに待っておられます。たびたびの里帰りはむづかしくても、お祭りには、きっと帰ってくるだろう。障子もすすけた。張り替えておこう。畳も古びた。きれいにふいておこう。私たちが目をつむれば仕方がないが、せめて生きているあいだには、あの子が大好きな手作りのおすしを食べさせてやろう。みんなが待ちに待つ。「おまつり」という言葉の中には、そんな意味もこもっているのでしょう。おたがいに待ち津待たれたもの同士が、一堂に会して、一つ心にむすばれる祭りのうれしさ。
私は、今日バスに乗って、この地にまいりました。ギッシリ満員。久しぶりで、ふるさとへ帰省される方々でしょう。窓から川の流れや山々の緑をながめて、「なつかしいなあ。いつ帰っても、ふるさとはいいなあ。」ああそうなんだ。何百里何千里はなれた他郷で暮らしていても、生まれ育った坂上の里こそ、思い出ゆたかな母のふところ。みちのくの歌人、石川啄木はうたいました。

ふるさとの山に向ひて
言うことなし。
ふるさとの山はなつかしきかな

幸いにも、山口県の皆様は、氏神様のお祭りの日を統一するというような、あさはかな考えはお持ちになっていらっしゃらない。お客様をお迎えしたならば、今度は自分がお客様になって、ご馳走をいただく。毎年、相互に喜びの節を交わしあううちに、尊い氏神様のふところに抱かれて、もろともに睦みあう、血縁と地縁とが入りまじった地域の連帯感がやしなわれます。この、ふるさとにしっかり根をおろした、あたたかい心のつながり。これが、日々の暮らしをどんなになごやかにすることでしょうか。

お祭りのよびごとは、物入りがずいぶんとかさみ、一見いかにもムダな失費に見えます。しかし、こんにちは、神様や、ご先祖様をはなれ、つめたくすさんで、人と人との心のつながりがうすれてゆく時代。それだけに、神様のみ声、両親、親戚縁者、友人知己のなまの声を親しく聞いて、たのしくむつみあう尊い機会。ただたんにゼニカネの勘定だけでソロバンをはじき、損だ、ムダだとののしることは、大きな片手落ちではございますまいか。心をゆたかにして、日々の暮らしを清め、人と人とのつながりを強めます。きわめて意義深い行事。子供たちには、ねがってもない無言の教育。このお祭りのもつ社会的な価値は、捨て去ってはならないものだと思います。



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鎮守の杜